【イチクモンGO】八神城の移築門

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【場所や姿を変えて現代に残る城郭の遺構】

 古代から近世まで、日本各地には数多くの城郭が築かれました。城郭は使用されなくなって廃城となったものや、戦乱の中で落城破壊されたものもあります。また、元和の一国一城令では江戸幕府の命令のによって数多くの城郭が破却されました。そして、明治政府による廃城令(明治六年(1873))によって城郭の歴史は幕を閉じることになったのです。

 しかし、廃城となった城郭に建てられていた櫓や城門、御殿などの建造物の中には、寺社や豪農の屋敷などに移築されたものがあり、現在も当時の姿をよく伝えているものがあるのです。そのような城郭からに移築建造物を紹介します。

 

管理人
管理人

今回は、岐阜県羽島市にある八神城の移築門です。

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八神城

城跡

 現在、田んぼの中にわずかに土塁が残っている県指定史跡の八神城。源姓毛利氏(源義隆を祖としていている)である尾張毛利氏の居城でした。森蘭丸などが著名な美濃森氏とは同族にあたり、桶狭間の合戦で名を馳せた毛利新介もその一族になります。鎌倉期から続く尾張の有力国衆ですね。

 関ヶ原合戦にて西軍についた毛利氏は没落して、八神城も廃城となりましたが、その子孫は尾張藩の重臣として続いており、城跡には今もご子孫が住んでられます。市の天然記念物である銀杏の巨木と共に土塁と案内板がある他、ご子孫宅ににも標柱があります。

yagami『わずかに土塁が残っている』

八神城の周辺地図

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 土塁と案内板があるあたりに駐車スペースがありますが、集落内なので訪城には近所の迷惑にならないようにしてください。

移築門

 八神城と同じく羽島市内にある真福寺には、一ノ門と伝わる城門が移築されています。山門として改変がされており、戦国期のものというよりは、江戸期に尾張藩重臣としてこの地を知行していた時に設けられた門の可能性もあります。また、海津市の個人宅にも移築門がありますが今回は未訪です(2017年10月訪問)。

yagami-3『真福寺に移築された城門』

移築門の周辺地図

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真福寺には駐車スペースがありません。付近に路駐は出来ますが、見学には注意をしてください。

 

106yagami『個人宅に移築されている城門』

個人宅のため、地図は掲載しません。訪問にはマナーを守ってください。

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