近畿地方の城巡り記録。
【戦国】真田丸を歩く
真田丸出城とは、大坂の陣にて徳川方に対して築かれた砦の1つ。冬の陣合戦では、真田左衛門佐信繁が守将となり、攻め寄せた徳川方に大きな損害を与えました。冬の陣合戦の講和により破却されましたが、真田山という地名として残るなど、後世にまでその活躍は伝わっています。
【現地説明会】中世の自治都市・堺環濠都市の発掘調査
中世に高度な自治を行っていた都市・堺。その重要性から、時の権力者たちの争乱の場ともなりました。貿易や文化の先進地域であったこの街は、環濠を都市のまわりに張り巡らせて都市防衛の要としており、その遺構は現代でも用水路として活用されています。
【城】細川幽斎が築いた勝竜寺城は神足城を拡張して築かれた城郭だった!
2014年7月の調査により、細川幽斎が築いた勝竜寺城の北東から神足城時代の遺構が発掘されました。幽斎は神足城の北辺遺構を取り込んで新たな城郭を築いていたのです。
【城】黒田官兵衛ゆかりの御着城の痕跡は今でも周辺の随所でたどることができる
小寺氏の居城である御着城は、街道や城下町を惣構えで囲んだ経済重視の拠点でした。目立った遺構はあまり残っていませんが、街中にはその痕跡を今でも見ることができます。
【城】あべのハルカス周辺で城跡を探してみた
日本一高いビルとして2014年3月7日にグランドオープンするあべのハルカスがある上町台地は古代より多くの戦いが繰り広げられてきました。現在でも関連する城跡の痕跡を見ることが出来ます。
高取城の岩屋曲輪は整備をすれば最高の展望所になるはずだと思う
100名城や日本三大山城と称されて城好きからの人気が高い大和高取城。多くの人が本丸・二ノ丸周辺から猿石までのコースを辿り、その石垣の素晴らしさに感動します。しかし、広大な高取城の城域はその倍以上の空間があることはあまり知られていません。土塁や空堀など中世の遺構も含めて見所は多いです。
【大和の城郭を歩く】(2)小川城・小川古城
丹生川上神社[中社]の神職であった小川氏は、東吉野の在地勢力として活躍し、長禄二年(1441年)の赤松氏による後南朝からの神璽奪還において小川弘光が功を立てている。居城である小川城は戦国期の松永久秀による改修の可能性が強い。
【戦国】黒田官兵衛の黒田氏は近江が発祥なのか?
近江源氏・佐々木氏流黒田氏発祥の地と菩提寺は滋賀県長浜市にあります。黒田官兵衛を祖とする近世黒田氏はその子孫と称していますが・・・
【大和の城郭を歩く】(1)古市城・古市陣屋・古市高山城・藤原城・窪之庄城・山村城
大和の有力国衆である古市氏の居城であった古市城は古市小学校周辺に遺構が残り、同じく国衆・窪城氏の居城であった窪之庄城は奈良盆地でも屈指の土塁空堀が残ります。古市氏の支配領域は、江戸期には伊勢藤堂藩の飛び地となり、采地陣屋として城和奉行が置かれてました。
【日本100名城】地下に眠る豊臣大坂城の石垣を見る(後編)
現在の大阪城は、大坂の陣にて豊臣氏が滅亡後に江戸幕府によって埋め立てられた上に築かれた城です。その地下には豊臣期大坂城の石垣が残っていますが、現在は見ることができません。しかし、近年、その豊臣大坂城の遺構を発掘・公開しようという動きが拡大しています。今回は、そのとても貴重な石垣を紹介します。