【蓋】岐阜県郡上市(旧八幡町地区)のマンホール

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【日本各地のマンホール!】

 今回は、岐阜県郡上市の中で旧八幡町地区のマンホールを紹介いたします。

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デザインの由来

 斉衡二年(855年)に武儀郡から分かれた郡上郡。郡名の由来は「武儀郡の上」ということからだそうで、この郡上郡の中心的な街であったのが八幡町で、平成十六年(2004年)に大和町・白鳥町・高鷲村・美並村・明宝村・和良村と合併して郡上市となりました。清流が有名であり、子供が橋から飛び込む風習で有名な吉田川や名水百選の第一号に選ばれた「宗祇水」など、清流に関する名物が多くあります。マンホールのデザインも清流に泳ぐ「アマゴ」がデザインされています。

hachiman-manhole『左向きバージョン』

hachiman-manhole-2『右向きバージョン』

hachiman-manhole-3『郡上八幡の銘入りハンドホール』

地域の城跡

郡上八幡城

 八幡より少し北にあった篠脇城を本拠としていた東氏。鎌倉から続く名家ですが、戦国時代後期に娘婿の遠藤盛数によって滅ぼされ、その時に築かれた八幡砦が、以後遠藤氏の居城として使われます。その後、稲葉貞道から盛数の子である遠藤慶隆によって城は大改修をされています。

 明治維新後は、城の建物等は全て破却されていましたが、昭和八年(1933年)に大垣城をモデルとした四層五階の天守が復元されており、これは日本最古の木造復元天守となっています(城跡は県指定史跡、天守は市の重要文化財)。また、平成二十九年四月に「続日本百名城」へ指定されています。

gujohachiman-3『郡上八幡城遠景』

gujohachiman-5『日本最古の木造復元天守』

gujohachiman『初期の石垣』

gujohachiman-6『堀切』

gujohachiman-4『城下町を見下ろす』

gujohachiman-2『山内一豊の妻は遠藤慶隆の娘と伝わる』

郡上八幡城の周辺地図

現在地
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 山上まで車で行けますが、急坂でカーブの角度もきついため、ワンボックス車や運転に不慣れな方は、麓の観光駐車場へ駐めて登った方が良いでしょう。

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