【イチクモンGO】横須賀城の移築門

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【場所や姿を変えて現代に残る城の遺構】

 今回は、静岡県掛川市にある横須賀城の移築門を紹介いたします。

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横須賀城

城跡

 天正六年(1578年)、徳川家康が武田氏の高天神城に対して築いた横須賀城(国指定史跡・松尾城とも)。このあたりを治めていた大須賀康高は、馬伏塚城を拠点としていましたが、家康の本格的な高天神城攻略に備えて、小笠山丘陵の先端に築かれました。

 大須賀氏の頃は、丘陵先端部分(現在の主郭)あたりだけであったのが、江戸中期あたりまでに二ノ丸などが整備されています。この城の特徴としては、河原石を用いて築かれた丸石の石垣、大手門が東西二カ所にあり「両頭の城」と呼ばれたことでしょうか。

 

 家康がこの地に城を築かせたもう一つの理由は、この地が横須賀湊として物流の拠点となっていて、城の側まで海が入り込む地形は天然の要害となり(※注1)、逆川によって内陸部の掛川城とつながる浜街道の要衝でもあったからなのです。

 注1:安政の大地震で入江が隆起して、以降は海岸線はもう少し南まで下がった

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yokosuka-2『城跡公園として整備されている』

移築門

 横須賀城から徒歩で7〜8分ほどの場所にある撰要寺には、横須賀城二ノ丸にあった不開門が山門として移築されています。門には「丸に立葵」の家紋がついていることから、豊後守系本多氏の本多利長が城主であった、正保二年(1645年)から天和二年(1682年)の間に築かれたものです。

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yokosuka-ichikumon-5『撰要寺の山門として移築されている』

yokosuka-ichikumon-4『丸に立葵』

横須賀城の周辺地図

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 撰要寺には駐車スペースがありませんので、横須賀城に車を停めて散策するのが良いでしょう。

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