◎城巡り

鹿児島県

【奄美大島で城跡や史跡を訪ねてみた】(1)宇宿グスク・赤木名御仮屋

奄美大島は古代より、「境目の島」として日本や琉球などの文化が入り交じっていました。城跡についてもそのような境目の特徴を見ることができます。また、第二次大戦中は南方への拠点として軍事施設が建設されていて、現在もその遺構が島内に散見されます。
2019.08.30
鹿児島県

【喜界島で城跡や史跡を訪ねてみた】(3)御殿の鼻・御仮屋・村田新八寓居・城久遺跡・ウフヤグチ鍾乳洞・勝連屋敷・海軍航空基地・戦闘指揮所

 喜界島での史跡めぐり初日は、島の外周をめぐって平家の伝承地などを訪ねました。2日目は島の内部にある史跡を訪ねてまわります。 御殿の鼻  初日とはうってかわり晴天となった2日目は、喜界島中心街に近い御殿の鼻から見学します。当時は独立した群島権力があった喜界島は、奄美群島にまで勢力を伸ばしてきていた琉球王朝に最後まで抵抗をした島でした。  琉球国の第一尚氏王朝最後の王となった尚徳王は、なかなか野心的な人物であったようで、明の冊封を受けた後、明や朝鮮だけでなく遠くマラッカやジャワなどまで交易船を出して海外交易を推進します。財政基盤を強化したことを背景に領土拡大にも乗り出して、奄美群島を攻略、奄美島・与論島・沖永良部島・徳之島が早々と降伏する中で喜界島だけは激しく抵抗を続けました。  尚徳王は自ら兵二千、軍船五十隻で島を攻めますが、喜界島の首長以下が籠城した砦がこの御殿の鼻と言われています。当時、島の首長は平家残党の後裔だったともいわれており、伝承が本当だったとしてもここで平家は完全に滅びることになったわけです。また、この場所はノロが集まり祭祀を行う祭場でもありま...
2019.08.13
鹿児島県

【喜界島で城跡や史跡を訪ねてみた】(2)川嶺グスク・七城・平家森・直線道路・阿伝集落・レーダー基地跡

喜界島北部の志戸桶海岸は壇ノ浦で滅亡した平家の落武者が上陸した伝承があります。また、島内には七城や平家森など平家の公達たちが築いたとされる砦跡も存在します。
2019.08.13
鹿児島県

【喜界島で城跡や史跡を訪ねてみた】(1)掩体壕・俊寛の墓・珊瑚のトンネル・大城久・雁股の泉・ムチャカナ公園・平家上陸の地

離島の史跡巡り「喜界島」。古代、日本と海外との境界線と考えられていたのがこの喜界島でした。「鬼介」とも恐れらていたこの島へ奄美大島経由で上陸、まずは俊寛の墓や平家上陸の地などを巡りました。
2019.08.13
山口県

【古代山城】神域?城郭?謎の石城山神籠石を巡ってみた

神籠石は日本書紀や古事記にも登場しない謎の城郭で、城郭説と霊域説での論争が続いています。神籠石の多くは九州地方にあるのですが、数少ない九州外での神籠石である石城山神籠石(いわきさんこうごいし)は、水門や列石が大規模にかつ非常に良好に残っている見所満載の古代城郭です。また、同城内には幕末に第二奇兵隊の本陣が置かれていました。
2019.08.17
鳥取県

台場だってお城なんです!(1)【由良台場】

台場とはペリー来航後の不穏な情勢の中で日本各地の沿岸に築かれた砲台を伴う防御施設。由良台場は、そのような台場の一つで鳥取藩によって築城されました。版築土塁で固められた台場の遺構は非常に良好に残っており、品川台場などと並んで日本屈指の台場跡と言えるでしょう。
2014.05.20
鳥取県

【戦国】ドMの教祖「山中鹿之助」の菩提を弔った幸盛寺

主家である尼子家を再興させるために「七難八苦を我に与え賜え!」と奮戦した山中鹿之助を、鹿野城主であった亀井氏は杉原土囲の跡地に幸盛寺を建立して菩提を弔っています。
2017.05.17
兵庫県

【城】黒田官兵衛ゆかりの御着城の痕跡は今でも周辺の随所でたどることができる

小寺氏の居城である御着城は、街道や城下町を惣構えで囲んだ経済重視の拠点でした。目立った遺構はあまり残っていませんが、街中にはその痕跡を今でも見ることができます。
2017.06.11
その他

【書籍】城を攻める 城を守る(伊東潤著 講談社)

直木賞候補・歴史小説家である伊東潤先生は、実はかなりの城好きでフィールドワークも精力的に行われています。その城好きの伊東先生が出版された今回の著書「城を攻める 城を守る」は、「武田氏滅亡」・「国を蹴った男」など数々の戦国時代の攻防を魅力的に書かれている伊東先生らしく、城のガイドに終わらず背景にある攻防の歴史を詳しく紹介しているところが勉強になり、城好きだけでなくどなたでも気軽に楽しめる一冊なっています。
2020.09.05
大阪府

【城】あべのハルカス周辺で城跡を探してみた

日本一高いビルとして2014年3月7日にグランドオープンするあべのハルカスがある上町台地は古代より多くの戦いが繰り広げられてきました。現在でも関連する城跡の痕跡を見ることが出来ます。
2017.06.30
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