群馬県の史跡

◎石田三成

【石田三成】三成の娘である辰姫は群馬で静かに眠りについていた

慶長五年(1600年)、関ヶ原合戦で敗れた石田三成は京の六条河原で処刑されましたが、その三女・辰姫は弘前藩二代の津軽信枚へと嫁ぎ、その地は江戸時代を通じて大いに広がっていきました。また、長女の血筋は現在の皇室へとも繋がっています。
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